気づけばまた、この街の音の中にいる

2026年3~4月、メディアプラットフォームの note とラジオ局の J-WAVE (81.3FM) が共同で「#わたしと東京」という投稿企画を開催。東京にまつわるエピソードや思いを募集し、私も応募しました。
選ばれた作品はラジオ特番内で朗読され、私は残念ながら選出はされませんでした。
ただ記事に対する反響をいろいろいただいたため、こちらにも残しておきます。

渋谷スクランブル交差点の様子

久しぶりに渋谷のスクランブル交差点に立った。
信号が変わるたびに、人の波が一斉に動き出す。

あれだけのざわめきがあるのに、ふと、音が遠くなる瞬間がある。

その日、不意に蘇ったのは、
幼い頃、父の運転する車の中で流れていたラジオの声だった。
日曜の午後、カーステレオから聴こえてきた、
クリス・ペプラーさんの落ち着いた声。
音楽好きの父が欠かさずかけていた、『TOKIO HOT 100』。
今も続く番組だけど、
私にとっては子どもの頃の景色ごと蘇るような存在だ。

でも、海外転勤先の南米で暮らしている間は、
その音を聴くことができなかった。
それがどうしてあんなに心もとなかったのか、自分でも少し不思議だった。

渋谷のスクランブル交差点


私にはいわゆる「地元」がない。

東京で生まれ育ったけれど、両親は共に九州出身。
縁あって通い始めた学校が渋谷にあり、
気づけばこの街で過ごす日々だった。

中高生になると隣にいるのはいつのまにか友達になり、
一緒に街を歩いて、はしゃいだり、時にはちょっと背伸びしてみたり。

だからなのか、日本に戻って来てすぐ、自然とここに足が向いていた。
あの頃と今とでは、お店も、そこを歩く顔ぶれも違うけれど、
スクランブル交差点に立った時に湧きあがる感覚は、不思議と変わらない。

横断歩道の向こうに、会いたかった誰かが待っている。
まだ言葉にならないままの気持ちを抱えて、つい速くなる足取りを抑える。
そんな、何かが始まりそうな予感の記憶が、
40代になった私には、懐かしくて眩しい。

あの頃と違って今は隣に子どもたちがいる。
世界中から訪れた人たちに混じって、思わずスマホを構えた私は、
慣れ親しんだ場所にいるはずなのに、
どこか外から来た人のようでもあった。

記憶の中のクリスさんの声と、渋谷の雑踏の音。
地球の反対側から戻ってきたばかりの私は、その真ん中に立っていた。

なぜここに来たのか、うまく言葉にはできない。
それでも気づけば、またこの街の音の中にいる。

#わたしと東京

著者プロフィール

ライター 佐々木 はる菜
ライター 佐々木 はる菜
フリーランスライター・コラムニスト。
暮らし・子育て・社会テーマを中心に、取材・執筆を行っています。

集英社「LEEweb」、時事通信社などで連載中。
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