思い通りにならなかったことで、思いもよらない場所へ連れて行かれた話/人生の手触りメモ6月

最近、映画や美術館で何度も心を揺さぶられている。
帰り道、いつも歩く大きな公園の緑を見上げただけで胸がいっぱいになったりする。

公園の新緑

私が一番本を読んだり、映画を観たり、そしてそれらに思い切り心を奪われていたのは10代の頃だと思う。
もちろん若返ったわけではないし、感受性が特別強くなったわけでもない。
ただ、この春から夏にかけて、自分の中で何かが少し変わった気がしている。

きっかけは、恥ずかしながら自分の企画が3本続けて通らなかったことだった。

私の記事は、ほとんどが企画から自分で考える。
だから3つとも、適当に出したものではなかった。後に別の形で採用された企画もあった。
それでも、「このままでいいのかな」と立ち止まる気持ちになった。

今振り返るとちょうどその頃は、本当に久しぶりに家族揃っての日本での生活が始まり、ようやくちょっとほっとできた時期でもあった。
南米での海外生活や、母子先行帰国後のワンオペを経て、もう何度目かわからない”新生活”も軌道に乗ってきたと実感できた頃。

この15年は結婚、出産、子育て、フリーランス、コロナ禍と同時の海外転勤、ブラジルとアルゼンチンでの暮らし、渡航前と帰国後はワンオペ子育て……大きな変化の連続で、ずっと走ってきた。

そしてその時々で「私は何者か」を説明する言葉があった。

ママ、とか
駐在妻、とか
南米在住ライター、とか……

もちろん、どれも大切な経験だ。

でもその一方で、「その肩書きがなくなったら、私は何者なんだろう」という問いも、常にうっすら、BGMみたいに流れていた気がする。

それは、産後に感じた気持ちにもちょっと似ていた。
ママじゃない時の自分をはっきり思い出せなくなっていて驚く、みたいな気持ち。

「また同じとこに戻っちゃったのかな」とも思った。
でも企画が落ちたことで、予定外の時間ができた。

どうしたらいいかわからないまま、その時間で私はいろいろな場所へ出かけ、人に会い、取材し、合間に映画や本や音楽やアートに触れ、
そしてなぜかGoogleドライブや昔のデータ、HPなどの整理を始めた。

変化に気づいた出発点は多分、『炎上』だ。

長久允監督
※ティーチイン時に撮影・SNS掲載許可をいただいたものです

ある日たまたまつけていたJ-WAVEから、長久允監督のインタビューが流れてきた。
激しい言葉が並ぶ映画のあらすじと、穏やかなお話しぶりとのギャップが妙に気になった。
主演が森七菜さんだったこともあり、観てみたいと思った。
特に、前年の『ひらやすみ』での演技が印象に残っていたから。

その直後、この冬から通うようになっていたUPLINK吉祥寺で『炎上』の上映と長久監督のティーチインがあることを知り、タイミング良く足を運ぶことができた。

上映直後、衝撃を受けてまだ整理できないまま座っている私の目の前に、監督が現れた。

そして開口一番、
「初めて観終わった後に、人とベラベラ喋りたくなるような映画ではないと思うんですが……」
と少し冗談めかして話し始めた。
ラジオから伝わってきた以上に穏やかな雰囲気に、「この方があの映画を作ったのか」と改めて驚いたことを覚えている。

長久監督のサイン入り、映画『炎上』パンフレット
イベント終了後、パンフレットにサインもいただき直接言葉も交わすことができ、忘れられないひとときになった

自分が届けたいものを自分が信じた形で表現し、多くの人を巻き込んで1つのものを創り出し、それが全く関係ない誰かの心を揺さぶるということ。

映画や美術館だけでなく、この数か月に立て続けに起こった新しい出会いや、お世話になった方との再会。
その時にもらった言葉たち。

みんな、自分が本当に面白い、良いと思ったこと、自分が信じたものから出発している方々だった。
周囲を無視しているのではなく、迷いながらも、自分の感覚に誠実であり続けること。
私はそんな姿に強く惹かれるのだなと改めて思った。

昨日UPLINKで観た『FUJIKO』も同じ。
これもなんだか導かれるように行けて、自分の感情に気づくより先に涙が出ているような時間を過ごした。
とにかくパワーをいただいた。

映画『FUJIKO』パンフレット
これもまだ消化中だな

振り返ると、この数か月は自分の心が動くものに会いに行っていた時間だった。
誰かの評価や正解を探しに行ったのではなく、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の心がどう動くのかを確かめに行っていた。

そして私は、やっぱりそこから始めたいのだと思った。

我が家の玄関の様子
気づけば玄関が、最近心を動かされたもので埋まっていた

自分でもなぜ始めたかわからない、超地味な作業だったデータ整理も、意外と大きなきっかけになった。

私はもともと、心に残ったことを残したい人間だ。
記事でもnoteでも、誰かとの会話でも、自分が感じたことを整理し、自分なりの言葉にしたいと思ってきた。なんだかんだで日記もずっと続けている。

だからとにかく、残そうとしてきた。
写真。感情。メモ。子どもの成長。
できれば全部取っておきたかったし、今は保存するだけなら、わりとそれができてしまう。

でも、たくさんの自分の言葉と向き合う中で、
当たり前ながら、
残すことと抱え込むことは違うのかもしれないと思い始めた。
全部を持っておくのではなく、その中から自分が何を受け取ったのかを、もっと意識的に見るようにしたいと思った。

一方で最近の出会いを通して受け取ったものは、なかなか言葉にできない。

なぜ忘れられないのか。
心を動かされたのか。
涙が出たのか。

自分でもよくわからない。
それでも、何かは確実に残っている。
わからないものを、わからないまま置いておく。
言葉にできないものを、今の「言葉にできない自分」ごと受け取ってみる。

すると不思議なことに、本当に残るものだけが残る。
そして、その残ったものこそが、変わり続ける人生の中でも変わらず自分の中にある感覚なのかもしれないと思うようになった。

外に出かけることと、自分の中身の整理。
そのふたつをたまたま同時期にしたことは、バラバラに見えて、実はかなり一本の線でつながっているのかもしれないと思った。

近頃心が動いた出来事の多くも、最初から計画していたものではなかった。
全部あとから入ってきて、でも、「あとから入ってきたもの」が豊かな機会をくれた。

ところでその中でも今、なぜか一番心に残っているのは、めちゃくちゃ何気ないことだ。

運動会の代休に、中2の息子と歯医者に行った。
少し欠けてしまった歯があり、治療の際に念のため麻酔をするか聞かれ、「はい」と答えた息子。

先生が取り出した注射針を見た瞬間に、幼い頃みたいな顔になった。

そして、それまで淡々と治療を受けていたのに「やっぱいいです」と一言。
実は今まで、歯茎に注射するタイプの麻酔は受けたことがなかった彼曰く「ここ1年で一番怖かった」そうで、用意してもらったのにすみません……と謝っていた。
その直前にあった子どもたちの運動会も感動的だったのに、そのシーンはなんだか思いがけず、最近のハイライトになった。

兄妹共に10代前半に成長した子どもたち。
息子には昨夏身長も抜かれた。
ふたりとも物理的にもどんどん大きくなるから、我が子ながらちょっと眩しく思える。
夜食卓で家族でなんてことないおしゃべりで笑い合う……みたいなささやかなシーンでも、つい、あとどれぐらいこうやって過ごせるのかな~みたいなこと考えてしまう。
ふたりが赤ちゃんだった時もそうだけど、全部忘れたくないなぁって思う。

でもさっきの話と同じで、当たり前だけど多分、大切なものはちゃんと残る。

母になったから見えた景色もあるし、海外で暮らしたからこそ書けることもあると思う。
だから昔の自分に戻ったわけではない。

でも、環境や役割が変わっても、その奥にずっと変わらず残っているものがある。

何に心を動かされるのか。
何を美しいと思うのか。
何を残したいと思うのか。
この春から夏にかけて私が確かめていたのは、そんな自分の感覚だったのかもしれない。

だから改めて。
毎日の暮らしの中で心を動かされたことを”抽出”して、自分なりに言葉にしていけたらいいなと思う。
その方法が、記事なのかnoteなのか、また違う形なのか、それは今の私にもわからないけど、そういうものを作れるように、考え続けること。

思い通りにならなかったことが、結果的にこんな場所へ連れて来てくれた。
そんなことを思う初夏になっている。

初夏の緑に囲まれた道

著者プロフィール

ライター 佐々木 はる菜
ライター 佐々木 はる菜
フリーランスライター・コラムニスト。
暮らし・子育て・社会テーマを中心に、取材・執筆を行っています。

集英社「LEEweb」、時事通信社などで連載中。
生活者の実感に根ざした言葉を大切にしています。
取材・執筆のご相談もお気軽にどうぞ。

「暮らしを支える言葉」を届けたい

取材・インタビュー記事、コラム、エッセイ、
書籍編集、企業広報やSNS、HPのライティングなど、
暮らしや人の営みに寄り添うテーマを中心に幅広く執筆しています。

生活者としての実感を大切にしながら、
読み手にとって「少し前向きになれる言葉」を届けることを心がけています。

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