暮らしと仕事が、同じ方向を向く感覚/「ながら防災」を取材して、私が立ち止まったこと
もくじ
「ちゃんとできているか」より、「どう向き合っていくか」
3月を前に、LEEwebの連載で防災についての記事を書かせていただきました。
今回、私が書きたかったのは——
「ちゃんとできているか」ではなく、 「どう向き合っていくか」ということ。
正直に言うと、これまでの私は、防災に対して
「大切だとは分かっているけれど、考え始めると不安が膨らんでしまうもの」
という距離感を持っていました。
何度か防災の記事を書かせていただいたことはありましたが、
自分自身の捉え方が大きく変わったかというと、そうではなかったと思います。
「それなりにやってきたはず」なのに、不安が消えなかった理由
約1年半前、海外生活を経て日本に戻り、新しい家に引っ越した際、改めて防災の準備をしなければと思いました。
この数年で、防災に関する情報は格段に増え、 防災グッズの種類も本当に豊富になったと感じます。
そのおかげもあり、完璧とは言えないまでも、非常食を揃え、防災バッグも用意しました。
それでも、ふとした瞬間に「これで本当に大丈夫なのかな?」という気持ちは、消えないままでした。
取材したかったのは、答えではなく「向き合い方」
そんな中で、今回ぜひ取材をお願いしたいと思ったのが CAMMOCの三沢真実さんでした。

キャンプコーディネーター/空間コーディネーター/防災士として幅広く活動されている真実さん。
「キャンプのある暮らし」を軸に、近年は「ながら防災」という考え方を発信されています。
出会って以来、その暮らし方や発信、軽やかでありながら確かな芯を持って進み続ける姿に、いつも刺激をいただいてきた方です。
優しくて、しなやかで、どこか可愛らしさもありながら、「自分の心地よさ」を信じて選び続ける強さがある。今回の取材でも、その姿勢は一貫していました。
不安を否定しない防災という考え方
記事でご紹介した、CAMMOCの皆さんのご著書『ラクして備える ながら防災 フェーズフリーな暮らし方』。
CAMMOCの皆さんの暮らしには、災害に備えるヒントやアイデアがたくさん詰まっています。
それらが、生活の中でどう実践されているのかが、とても具体的に描かれた一冊です。

中でも心に残ったのは、防災への向き合い方でした。
不安を「なくそう」とするのではなく、
できていないことを責めるのでもなく、
それぞれの暮らしの中で、どう続けていくかを大切にする視点。
お話を伺いながら、
「あ、これなら私の暮らしとも、ちゃんとつながるかもしれない」
そんな感覚が、少しずつ自分の中に広がっていきました。
防災と暮らし。
これまで私の中では切り分けて考えていたものが、ゆっくりと重なっていくような感覚でした。
暮らしと仕事が、同じ方向を向いた取材
今回の取材は、ひとりの生活者として感じてきた不安や迷いが、ライターとして取材し、記事を書く時間とつながった仕事でもありました。
これまでも何度か書いてきましたが、
私がライターを志した大きなきっかけは、結婚、出産、転居、夫の海外転勤といった
自分ではコントロールできないライフスタイルの変化でした。
暮らしや家族と仕事をきっぱり分けるのではなく、
ゆるやかにつながり合いながら、
フレキシブルに続けていく。
そんな生き方を試行錯誤してきた私にとって、
一児の母であり、ひとりのクリエーターとして息子さんとの日々を大切にしながら、好きなことを仕事にしている真実さんの姿勢や「ながら防災」という考え方は、強い共感と刺激を与えてくれるものでした。

完璧じゃなくても、続けられることを
忙しい毎日の中で、完璧じゃなくてもいい。すべてを一度に整えなくてもいい。
それでも、
「これなら続けられそう」
「今の自分の暮らしに合っている」
そんな選択を、少しずつ重ねていけたら。
今回の記事は、そんな思いを込めて書きました。
暮らしの中で、防災について少し立ち止まりたくなったときに、是非ご一読いただけたらうれしいです。
私がむか~し書いた防災記事も…今は中1の長男が小学校1年生の頃の写真…笑
著者プロフィール

- 株式会社リクルート等を経て、結婚・出産を機にライターへ。現在は集英社の人気女性誌のwebサイト『LEEweb』でのコラム連載や日本有数のニュースサイト時事通信社「時事ドットコム」 での特集記事など、女性目線・ママ目線に強いライターとして暮らしや子育て、旅、国内外のトレンドから社会的な取り組みまで幅広く執筆。丁寧なリサーチ・取材に基づいた等身大の体験記事、インタビュー記事、実体験をもとにしたコラムに定評があり、企業サイトでのコラムやPR記事、編集業務などにも携わる。著書にkindle「今こそ!フリーランスママ入門」。夫の海外転勤に同行し2022年より家族でブラジル・サンパウロ、その後アルゼンチン・ブエノスアイレスで生活。






