「親世代へのお祝い」を考える時間が、私自身の足元を照らしてくれた話

「もう“もの”はいらない」と言う両親、それぞれへのお祝い

古希祝いに母にプレゼントした、家族写真をまとめたアルバム

このところ、家族のことで立ち止まる時間がありSNS等もお休みしていました。

大変なこともありましたが、そのおかげで、ずっと会えなかった親戚の方々と十数年ぶりに顔を合わせる機会などにも恵まれました。
その直前の年末年始には、久しぶりに夫の実家がある京都で過ごし、成長した我が子と従姉弟たちの関わりなどを通して、改めて深い感謝の気持ちが湧きあがりました。

そんな思いが重なった中で、
LEEwebで「もう“もの”はいらない」と言う両親へ。我が家が考えた、親世代へのお祝い
というテーマで記事を書きました。

昨年、両親がそろって70歳を迎えました。
今はそれぞれの道を歩む父と母を、どんなふうに祝うのがいいのか。
そのことを考え始めたことで、気づけば私は、家族との距離や、これまで積み重ねてきた時間を、静かに振り返っていました。

記事では、父と母、それぞれの性格や今の暮らしに合わせて、我が家なりに考えた古希祝いのかたちを紹介しています。

毎朝新聞を広げる父には、これまでの歩みを振り返るきっかけになる「お誕生日新聞」を。

父に贈った、お誕生日新聞の古希祝い記念日セット
画像提供/お誕生日新聞

そして母には、家族が集まる“時間そのもの”を贈るつもりで、家族写真の機会を選びました。

母の古希祝の様子
自分たちなりに考えた、様々なお祝いのアイデアを/ナンバーケーキ:創作西洋菓子 大陸、写真撮影:一色写真館

結果的にどちらも、「どういう時間を一緒に過ごしたいか」を考えたお祝いとなりました。

最近周りでも、親世代へのお祝いを考える時に

「何をあげればいいのかわからない」

「もう欲しいものはないと言われてしまった」

そんな声を耳にすることは少なくありません。

この記事が、それぞれのご家族にとって何か少しでもヒントになれば嬉しいなと思いながら書き進めました。

“こう祝うべき”はなくていい。その家族ごとのかたち

自分たちなりに考えた、様々なお祝いのアイデアを/ナンバーケーキ:創作西洋菓子 大陸、写真撮影:一色写真館

家族のことを書くのは、いつも以上に言葉選びに迷います。

けれど、こうして両親の節目のお祝いについて書くこともまた、私にとって「家族」という存在を、もう一度見つめ直す機会になりました。

家族との関係は、人それぞれです。

必ずしもすぐに温かな気持ちになる場合だけでなく、私自身も、これまでずっと同じ距離感で親と向き合ってきたわけではありません。

だからこそ、「こう祝うべき」「こうあるべき」という形に無理に当てはめなくても、誰かのことを思い浮かべて、少し立ち止まって考えてみること自体が、十分に意味のある一歩なのではないかと思っています。

私の場合は、子どもたちの成長や、ここ数年の海外転勤など大きな環境の変化、最近の身近な別れを経て、家族で集まれる時間が、以前よりもずっと貴重なものに感じられるようになりました。

改めて振り返ってみると、大切だったのは「何かをした」ことそのものではありませんでした。

父や母のことを思い浮かべながら、どんな時間を過ごしてきたのか、そして今、どんなふうに生きているのかに思いを巡らせた、その過程だったように感じています。

今、何かのお祝いを考えている方にとって、この記事が、少し立ち止まって考えるきっかけや、小さなヒントのひとつになれば嬉しいです。

著者プロフィール

ライター 佐々木 はる菜
ライター 佐々木 はる菜
フリーランスライター・コラムニスト。
暮らし・子育て・社会テーマを中心に、取材・執筆を行っています。

集英社「LEEweb」、時事通信社などで連載中。
生活者の実感に根ざした言葉を大切にしています。
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